大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

岐阜地方裁判所 昭和41年(ワ)469号 判決 1970年9月22日

原告

坂元邦男

ほか二名

被告

美尾整理株式会社

ほか一名

主文

被告らは各自

原告坂元靖明に対し、金二九六万二、〇〇〇円及び内金二六四万七、二五三円に対する昭和四〇年三月一八日から、内金三一万四、九二七円に対する昭和四五年二月七日から各支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。

原告坂元邦男、同坂元ミツ子に対し、各金一〇万円および昭和四〇年三月一八日から、各支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。

原告らの被告らに対するその余の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを五分し、その三を被告らの、その余を原告らの負担とする。

この判決は仮に執行することができる。

事実

第一、当事者の求める裁判

一、原告ら

1  被告らは各自、

原告坂元靖明(以下原告靖明という)に対し金四五三万九、六〇二円及び内金四二二万四、六七五円に対する昭和四〇年三月一八日から、内金三一万四、九二七円に対する昭和四五年二月七日から各支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。

原告坂元邦男、同坂元ミツ子(以下それぞれ原告邦男、同ミツ子という)に対し各金六〇万円およびこれに対する昭和四〇年三月一八日から、各支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行の宣言。

二、被告ら

1  原告らの請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二、請求原因

一、事故の発生

被告奥村繁治(以下被告奥村という)は、昭和四〇年三月一八日午前八時五〇分ごろ、被告美尾整理株式会社(以下被告会社という)所有の普通自動車(岐五に二二五号)を運転して東進中、各務原市大佐野町六八〇番地の二市立中屋保育所先路上において、南側より北側に向つて横断歩行中の原告靖明(当五歳)に対し接触させ、横転した同人を右自動車前輪で約二メートルにわたつてあつれきしたため、同人は左脛骨開放性骨折、左下腿挫滅創(脛骨欠損を含む)、右脛骨骨折および右足背挫滅創の傷害を受けた。

二、被告奥村の過失

事故現場は幅員約六メートルの平担かつ直線の見通し良好な簡易舗装の道路上で、当時登園する原告靖明を含む園児多数が横断歩行中であつたので、かかる場合自動車運転の業務に従事する者は、絶えず前後左右を注視することを怠つてはならないうえ、当該歩行者が横断中のときは、右自動車を一旦停車させてその通過を待つべきであることはいうまでもなく、右歩行者が横断を開始せんとするときは、適宜警笛を鳴らして通過するは勿論、充分減速していつでも急停車できるようにする義務があるのにこれを怠り、時速約四〇キロメートル以上のまま道路右側寄りに漫然と進行させた過失がある。

三、被告らの責任

1  被告奥村の責任

前記の過失による不法行為責任。

2  被告会社の責任

被告奥村は被告会社の代表取締役で、本件事故は被告奥村が来岐した新規採用社員数名に対し職場を案内すべく同人らを右自動車に同乗させ、被告会社に向う業務の執行中に生じたものであり、一次的には加害車の運行供用者として、予備的には被告奥村の使用者としての責任。

四、損害

1  原告靖明の損害

(一) 治療費金三一万四、九二七円

整肢療護園に入園加療中の治療費(昭和四四年五月九日から同年一二月二四日まで)

(二) 逸失利益金四七二万一、六四七円

原告靖明は昭和三四年一一月三日出生し、本件事故前は心身にわたり標準以上の発育を遂げてきた者であるが、本件事故によつて受けた右傷害のため左下腿および足関節変形、右足背瘢痕および足上拘縮等の後遺症を負うに至り、今後数次の手術的処置を講ずるも右各部における完全な機能の回復は到底見込まれない状態で、むしろ今後成長期を迎えるに従い、返つて右各部の発育が著しく阻害され、その結果特に右下肢の用を全廃するに至る虞れがあり、それによる同原告の労働能力の喪失は六割を下らないものといえるから、同原告は本件事故により将来得べかりし収入の六割分の減収をきたし、同額の損害を被つた。

同原告は事故当時満五歳四カ月の男子で、第一〇回生命表によればなお六二年の平均余命があるから、本件事故に遭遇しなければ、少くとも二〇歳から六〇歳までの四一年間は通常の一般労働者として稼働が可能であつたと推定される。

ところで、労働大臣官房調査部発行の昭和三九年労働統計年報によれば、昭和三九年度の全産業常用男子労働者一ヶ月平均現金給与額は金四万二、六〇〇円であるから、これを基礎に労働能力割合を六割として右四一年間に得べかりし利益をホフマン式計算法で現在一時に支払を求める現価を算出すると金四七二万一、六四七円である。

(その算式は42,600×12×0.6×15,394=4,721,647.68)

(三) 慰藉料一五〇万円

原告靖明が直接本件事故による右受傷のため被つた精神的苦痛、さらには右後遺症が同原告の学業、就職配偶者の選択等に及ぼす影響等を総合判断すると、慰藉料は金一五〇万円が相当である。

2  原告邦男、同ミツ子の損害(慰藉料)各金六〇万円

原告邦男、同ミツ子は原告靖明の両親であり、一人息子の原告靖明に対し格別の愛情を抱いていたところ、前記のような重傷を負い後遺症をもつ不具者となつてしまつたこと、原告邦男は靖明の右受傷により多大の精神的打撃を受け、靖明の看病等で苦労した結果、胃潰瘍が悪化し胃痛を伴う状態にまでなつたこと、被告らに誠意ある態度がみられないこと等を考慮すれば、原告邦男、同ミツ子の精神的苦痛に対する慰藉料としては各金六〇万円が相当である。

五、よつて被告らに対し各自

1  原告靖明は損害金合計六五三万六、五七四円から既に強制保険から金三五万円の支払を受けたので、それを控除した残金六一八万六、五七四円の内金四五三万九、六〇二円及び内金四二二万四、六七五円に対する昭和四〇年三月一八日から、内金三一万四、九二七円(治療費)に対する請求の趣旨拡張申立書送達の日の翌日である昭和四五年二月七日から各支払いずみまで

2  原告邦男、同ミツ子は慰藉料として各金六〇万円及びこれに対する昭和四〇年三月一八日より各支払いずみまで

民法所定の年五分の割合による遅延損害の支払いを求める。

第三、請求原因に対する答弁

一、請求原因第一項中、原告主張の日時、場所において、被告会社所有の普通乗用自動車を被告奥村が運転中原告靖明に接触し、同原告が受傷したことは認めるが、その余の事実は否認する。

二、同第二項中、事故現場が平坦且つ直線の幅員約六メートル位の簡易舗装道路上であつたことは認めるが、その余の事実は否認する。

三、同第三項2のうち、被告奥村が被告会社の代表取締役であり、本件事故が原告主張のごとく右奥村の業務執行中のものであることは認める。

四、同第四項はすべて否認する。

第四、被告らの主張

事故現場では保育園の保母訴外松尾綾子が保育園児の交通整理をしており、右松尾が両手を大きく拡げて園児を制止する姿勢を示し、園児もまたその指示に従い歩行を停止していたのであり、そのため被告奥村は先行車に続いて通り過ぎようとした際、突然原告靖明が被告車の前方に飛び出してきたため、被告はとつさのこととてこれを避けることができず接触したもので、本件事故は全く不可抗力の出来ごとである。

第五、証拠関係〔略〕

理由

一、事故の発生

原告ら主張の日時、場所において、被告会社所有の普通乗用自動車を、被告奥村が運転中、原告靖明に接触し、同原告が受傷したことは当事者間に争いがなく、成立に争いのない甲第二号証によると、原告靖明は右事故により原告ら主張の傷害を受けたことが認められる。

二(1)  被告奥村の過失

〔証拠略〕によると、本件事故現場は、幅員五メートルの平坦かつ直線の見通しの良好なアスファルト舗装道路で、道路に面して北側に各務原市中屋保育所があり、事故当時原告靖明は、右保育所に登園するため、右道路の右側を東に向い、同園保母松尾綾子に引卒されて、園児約二二名位と共にほぼ二列に並んで前から二番目あたりを歩行し、保育所門あたりに達した頃、松尾綾子は三台の自動車が東進してくるのを発見したので、列の中程にて園児らに注意を与えていたこと、一方被告奥村は、本件現場は会社へ通勤のため毎日通行し現場の状況を知悉しており、本件事故の際は、先行する小型トラックを約一〇メートルの間隔で追従東進し、事故現場から約五〇メートル手前で園児らを発見したが、前記松尾が園児らを制止しているように思えたのでそのまま通過できるものと考え、時速約三〇キロメートルの速度で進行したところ、原告靖明が前方に飛び出してきたので、急制動の措置をとつたが間に合わず、同原告に衝突し約一メートル同原告の足を右前車輪でひきづつて停止したことが認められ、右認定に反する〔証拠略〕はにわかに採用しがたい。

被告らは本件事故は不可抗力であつたと主張する。

〔証拠略〕によると、被告車がかなり接近してから同原告が飛び出したことは認められるが、飛び出しを発見した地点より衝突した地点までの距離が四・三メートルであることに照すと、被告奥村本人の二・三メートル先に飛び出したとの供述はにわかに措信しがたく、前記認定のように、園児が多数でしかも保育所門前であるから、いつ園児が門へ向かい飛び出すかわからないことは充分に予測しうるところであるので、運転者としては、先に園児らを保育所門へ横断させるか、あるいは園児らの動静に注意を払うと共に、適宜警笛を鳴らして(これを認める証拠はない。)園児に注意を与え、またいつでも停車できるよう徐行して進行する注意義務があるのにこれを怠たり、前記速度のまま進行した点に過失があるというべきである。

従つて被告らの不可抗力の主張は採用しない。

(2)  原告靖明の過失

しかしながら、原告靖明は後記認定のように昭和三四年一一月三日生れで、事故当時五歳四か月で保育所に徒歩で通つているのであるから、交通事故に対する事理の弁識能力をそなえているものと考えられるところ、前記認定のように、被告車の前に飛び出したのは同原告の過失というべく、従つて原告らの損害額の算定について斟酌されるべきである。

三、被告らの責任

被告奥村には前記のとおり過失があるから不法行為者として民法第七〇九条により、被告会社は、加害車が被告会社の所有で、本件事故は被告会社の業務執行中のものであることは当事者間に争いがないから、運行供用者として自賠法第三条により、原告らの後記損害を賠償する義務がある。

四、損害

1  原告靖明の損害

(一)  治療費

〔証拠略〕によれば、原告ら主張の通り治療費金三一万四、九二七円を支払つたことが認められる。

(二)  逸失利益

〔証拠略〕によれば、原告靖明は昭和三四年一一月三日生まれ、事故当時満五歳四か月の男子であることが認められ、厚生大臣官房統計調査部の第一〇回生命表によれば、平均余命は六二・四歳であるから、少くとも二〇歳から六〇歳まで稼働が可能であるところ、〔証拠略〕によれば、原告靖明は本件事故のため左下腿ほぼ中央以下特に足部の内反変形及び右足背瘢痕拘縮の後遺症を負うにいたり、持に左足の変形は時の経過と共に増大しており成長期にあるかぎりさらに増大し続け、歩行障害(跛行歩行及び内反変形が進み、足の裏が内側に向かい、足の甲をついて歩くようになる可能性)、歩行能力の底下、疼痛等の機能障害を伴い、右後遺症自賠責施行令別表等級の第六級八号に該当することが認められ、労働基準監督局長通牒(昭和三二年七月二日基発第五五一号)によれば、右第六級の労働能力喪失率は六七パーセントである。しかしながら、後遺症の部位は主として左下腿であり、受傷時に満五歳であるので、将来右後遺症に適応する社会的教育、職場の選定が可能であることを併せ考えるならば、同原告の労働能力の喪失率は四〇パーセントと認めるのが相当である。

ところで、昭和三九年度の企業規模一〇人以上の全産業男子一カ月の平均現金給与額は金三万二、一〇〇円(労働大臣官房調査部昭和三九年賃金構造基本統計調査報告一巻)であり、原告靖明は前記稼働可能期間中平均して右金額程度の収入を得続けたであろうと推認されるが、本件事故による後遺症のため少くとも四〇パーセントの労働能力を喪失したので、逸失利益をホフマン式年ごと計算法により算出し現価を求めると金二三二万五、二九八円となる。その算式は32,100円×12×0.4×(55年の係数26.0723-15年の係数10.9808)=2,325,298円中間利息控除の計算上原告靖明を満五歳として計算。

(三)  慰藉料

〔証拠略〕によると、原告靖明は本件事故による傷害のため、昭和四〇年三月一八日から同年四月二二日まで東海中央病院に、同日から同年八月一〇日まで中部労災病院に入院治療し、更に昭和四四年五月九日から同年一二月二四日まで整肢療護院に入院し、二回にわたつて手術を受けたこと、証人坂口亮の証言によると、前記進行している左下肢足関節部の変形を阻止するためには継続した段階的手術が必要であることがそれぞれ認められ、これに前記認定の諸事情を総合すると、原告靖明が本件事故により蒙つた精神的苦痛に対する慰藉料は金一五〇万円が相当である。

(四)  過失相殺

以上原告靖明の損害は合計金四一四万〇、二二五円となるところ、前記認定のとおり、同原告にも過失があるからこれを斟酎すると、同原告の損害は金三三一万二、〇〇〇円に減額(約二割)するのが相当である。

2  原告邦男、同ミツ子の損害(慰藉料)

〔証拠略〕によれば、原告邦男同ミツ子は原告靖明の両親であり、前記認定のような傷害および後遺症をこうむつた子をもつ両親としては、その子の生命を害された場合に受くべき精神的苦痛に比し著しく劣るものではないから、前記認定の諸事情を考慮すると、原告邦男、同ミツ子の慰藉料は各金一〇万円が相当である。

五、結論

原告靖明が強制保険から金三五万円の支払を受けたことは、原告らの自認するところであるから、これを右損害額より控除し、結局被告らは、連帯して、原告靖明に対し金二九六万二、〇〇〇円及び内金二六四万七、二五三円に対する事故の日である昭和四〇年三月一八日から、内金三一万四、九二七円(治療費)に対する請求の趣旨拡張申立書送達の日の翌日であることが記緑上明らかな昭和四五年二月七日から各支払いずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金、原告邦男、同ミツ子に対し各金一〇万円及び右各金員に対する事故の日である昭和四〇年三月一八日から支払いずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払い義務がある。

よつて原告らの請求は右認定の限度において理由があるからこれも認容し、その余の請求は理由がないのでこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九二条本文、第九三条を、仮執行の宣言につき同法第一九六条をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 宮地英雄)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例